私は植物だ。自然に生えた雑草か、はたまた誰かが植えた花なのか。自分の姿を見たことがないので定かではない。ただ、自分が植物だということだけがなんとなく分かる。
公園の隅に生え、のんびり生きている。空を眺め、太陽を浴び、子供達の笑い声に耳を傾け、それなりに充実した日々を送っている。
不思議なことに私には自我がある。普通の植物に人間のような自我はない―だろう。いくら私に自我があるとはいえ、他の植物とコミュニケーションをとったことなどないのでこれが普通なのかは分からないが…。
さらに、奇妙なことに私には前世の記憶がある。前世では、サラリーマンだった。最後に見たのは交通量の多い交差点だ。
植物に転生するまでの記憶はない。気がついたら身体が動かない状況になっていたのだ。
だが、だからといってたいして困ることはない。植物としての人生を満喫しているからだ。
この公園の近くには小学校がある。今日はその小学校の入学式らしい。正装した親子が何組も公園に面する横断歩道を通っている。
その様子をボーっと眺めていると、懐かしい横顔を見つけた。女性と男の子が手を繋いでいる。父親の姿は見当たらない。
前世の妻子だ。
そうか、そうだった。私には妻も子供もいたのだ。私の記憶の中の息子より、少し背が伸びている。一方、妻は少し老けてしまったようだ。二人とも元気でやっているのだろうか。いや、唯一稼いでいた私を失ったのだから、大変だろう。
やつれた妻の顔とどこか寂しそうな息子の顔を見つめていたら、いてもたってもいられなくなった。
(ワコさん!)
私は叫んでいた。妻の名前を。だが、植物が言葉を発することはできない。心の中で呼びかけているだけだ。
(ワコさんっ、ワコさん!)
涙が頬を伝った―ような気がした。
(カケル!)
自然と息子の名前も呼んでいた。すると、まるで私の声が聞こえたように、息子は歩いていた足を止めた。そしてくるりと振り返り、私のところまで走ってきた。
「おとうさん…?」
「カケル、どうしたの?」
妻も息子を追いかけて来た。二人ともじっと私を見つめている、
「ううん、おとうさんのこえがきこえたきがしただけだよ。」
「そっか…。」
「うん、あれ?おとうさん、ないてる!」
息子が私の頬を小さな手で包むような仕草をした。すると、本当に頬が暖かくなった。
―ような気がした。そして、息子が呟いた。
「おとうさん、はやくひとにもどってほしいなぁ。」
「人に戻るって?」
妻が尋ねた。
「だって、おとうさん、しょくぶつになっちゃったんでしょ?せんせいがいってたよ!」
息子の言葉を聞いた妻は、少しの間黙っていた。そして、すすり泣き始めた。泣きながら息子を抱きしめた。
「そう…そうだよっ…お父さんはね、植物になっちゃったんだよ…。」
「あ、でも、おとうさんならぜったい、もどってくれるよ?だからもうなかないで。ね?」
息子は私にしたように、妻の顔を手で包み、妻の涙をぬぐった。
「うん、ありがとっ。」
ここで私の視界は歪み、やがて真っ暗になった。
―カケルの父は、体を機械に繋ぎ、病院のベッドの上に横たわっていた。
彼の妻子は静かに息をする彼の傍らにいた。
彼が目を覚ますのを待ち望みながら。