「橋本、なんでいつも暗い顔をしてるの。」
そう言われた時、驚いて声が出せなかっ
た。
橋本愛は、父の転勤で中学に上がるのと同時に引っ越して、この青葉中学校に来た。
愛は、引っ越すのが本当に嫌だった。大好きな未来となかなか会えなくなってしまうから。
今の学校に、友達なんていない。他の人には、小学校の頃の友達がいる。でも、愛にはいない。つまり、「ぼっち」なのである。
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。三時間目の授業が終わった。
愛は、休み時間が嫌いだった。
「ねぇ、今度の日曜日、みんなで映画見に行こうよー。」
「えっ、行く行くー。」
うるさい女子達がさわいでる。やかましい。
愛はため息をついてから、一人静かに本を開いた。
今日もつまらない一日だな。
そんなことを考えていると、新井広人が話しかけてきた。
「体調悪い?」
「べつに。」
そう言ってまた本の世界へ戻ろうとしたとき、新井が不思議そうに聞いてきた。
「橋本、なんでいつも暗い顔してるの。」
「え……。」
どうしてそんなこと聞いてくるの。私が暗い顔をしてたって、新井君には関係ないでしょ。
愛がずっと黙っていると、新井は「まあいいや。」と言って、彼の友達の方へ行ってしまった。
―なんでいつも暗い顔してるの。
だって、毎日つまらないから。
どうしてつまらないの?
だって、ここには友達がいないもん。
どうして友達がいないの?
だって、みんな私に興味ないでしょ。
あぁ、未来に会いたい。未来なら私のこと
分かってくれる。何でも話せる、たった一人の親友だもん。
家に帰ると、母が洗濯物をたたむ手を止めて、優しい口調で聞いてきた。
「今日はどうだった?」
「べつに。何もないよ。」
母は「そう。」と言って、また洗濯物をたたみ始めた。
―体調悪い?
―橋本、なんでいつも暗い顔してるの。
「……でもね、今日は新井君が話しかけてき
たの。なんでいつも暗い顔してるの?って聞
いてきた。」
「じゃあ、いつもニコニコしてればいいじゃ
ない。笑顔でいれば、楽しくなるよ。きっと
友達だってできる。」
母はニコッと笑った。
そうだ、私、自分で友達を作ろうとしなか
ったんだ。大好きな未来と会えないのが悲し
くて、心細くて。それで、心の扉に鍵をかけ
てしまったんだ。私は臆病だったんだ。
いつもニコニコ。うん、そうだね。
愛は笑った。面白いことがあったわけでは
ないけれど。
次の日の学校は、少しだけ明るかった。
私の暗い心の中に、光が差し込んできたよ
うな感じだ。
「あれ。今日はいつもより元気?」
新井君だ。何となく嬉しかった。
「うん、元気。」
母に言われた通り、ニコッと笑ってみせた。
無邪気な君の言葉のおかげで、私は心の扉
を開くことができたんだよ。
今の私なら、友達だって作れる気がする。
今日は、昨日より楽しい一日になるかもし
れない。