今年も夏が来た。甘酸っぱいレモン味のアイスをくわえながら、まだ少し明るい空を見上げる。もう少しで夏祭りが始まる!おばあちゃんが用意してくれた浴衣をハンガーにかけて鏡の前に立ち、髪を整え始める。風に揺られた風鈴が「チリン」と音を立てた。ここは山の上で、星に手が届きそうなほど空に近い。でも、いつも見慣れているからか、星空を綺麗だとは思わなかった。――去年、都会からあの男の子が遊びに来るまでは――
一年前――私の住んでいるこの地域の夏祭りは、都会と違って屋台や花火はない。盆踊りをした後、大人はお酒を子供はジュースを飲んでおしまい。テレビに映る都会の祭りは画面越しでもわかるくらい賑やかでキラキラしている。こことは大違いだ。今年の夏祭りも、明日に迫っている。いつも通りソーダ味のアイスを食べていると、おばあちゃんとお隣さんが話しているのが聞こえた。お隣さんの孫が都会から遊びにくるらしい。「こんな所に来ても面白くないのに。」と考えていると、黒髪の日焼けした男の子が車から降りてきた。この笑顔はどこから出てくるのだろうと不思議に思うほどのはじけるような笑顔だった。アイスをくわえながら玄関に立っていると、
「こんにちは、俺は流星。君はここの子?」
彼が話しかけてきた。落としそうになったアイスを反対の手に持ちかえて自己紹介をする。
「わ、私の名前は…未来、よろしく。あ、アイス食べる?」
咄嗟に、持っていたアイスの箱を差し出した。
「まじ?もらっていいの?」
彼は目を輝かせながら言った。
「うん。何味がいい?好きなの取って。」
「これ何味なの?」
彼は薄い黄色のアイスを指さした。
「これ?レモン味…かな?」
と答えると、彼はレモン色のアイスを手に取り笑った。まぶしいくらいの笑顔で。私も何となく同じ味のアイスを手に取った。二人並んでアイスを食べていると、彼が思いがけないことを口にした。
「明日夏祭りがあるんでしょ?一緒に行こ!」
私は、最後の一口を飲み込みながらびっくりして彼を見た。
「なんで?都会みたいに楽しくないよ。」
「俺さ、都会の祭り、賑やかすぎて苦手なんだ。でもこんなに星の綺麗なところで祭りなんて最高じゃない?都会はね、街の光のせいで星が見えないんだ。見えても月と一等星くらいでさ。」
いつも見ている風景が綺麗だなんて考えたこともなかった。ちょっとしんみりした雰囲気になってしまったので、話の流れを変えたかった私は、
「いいよ!夏祭り行こ!」
と言っていた。絶対に行きたくないと思っていたのに、気が付いたら口が勝手に動いていた。盆踊りの櫓がある広場で会う約束をすると、彼は帰ってしまった。その夜、おばあちゃんに浴衣を用意してもらえるか、そっと聞いてみた。おばあちゃんは驚きながらもタンスの奥から引っ張り出してきてくれた。水色で金魚の柄の夏らしい浴衣。それをハンガーにかけて布団に入った。暑くもないのになかなか寝付けない夜だった。お祭り当日、髪をお団子に結って、浴衣を着て広場まで行くと、もう盆踊りが始まっていた。「炭坑節」に合わせて、みんなが踊っているところだった。
「未来、来てよ!いいもの見せてあげる!」
彼は私の手を引いて小高いところまで歩いて行き、空を指さした。真っ暗な空にちりばめられた幾千もの星が光っていた。
「き…れい…。」
「でしょ?ずっとこうして見てたいくらい。」
と言って、恥ずかしそうに笑った。
「来年もこうして一緒に見られたらいいね。」
「そうだね。」
約束の指切りをした時、流星群が二人を囲むように降り始めた。