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模倣された森で出会った君

名古屋市立長良中学校 3年
大平 梨愛奈
 すばらしい感性です。この世界とは全然ちがう異世界の森の話なのですが、全く説明することなく、対話や情景描写だけで、読者をあっという間にその世界に引きずり込んでしまうのは見事です。いきなり森を歩いている場面から始まるのですが、その森の不気味さ、そして、モノクロの森の中、模倣律によって生まれたものの悲しさを感じ取らせる能力が高くて、最後の恐怖まで読者の心をつかむ雰囲気作りが本当にうまいです。
(藤 真知子)
 シイは静かな森の中を歩いていた。風は止み、鳥の声も聞こえない。まるで時間そのものが凍りついたかのように、音が消えた世界だった。足元の苔がふかふかと柔らかく沈み、暗い木漏れ日が揺れている。
 ふと、背後から乾いた足音が聞こえた。振り返ると、そこには自分にそっくりな少年が立っていた。まるで鏡に映ったような姿は、不思議な静けさを漂わせていた。
 「きみ、誰?」
 シイが問いかけると、少年はかすかに笑った。だがその笑いはどこかぎこちなく、まるで誰かの真似をしているかのように感じられた。
 「ぼく? きみ・・じゃなかったかな。」
 少年の声はシイのものにそっくりだった。ただ微かに震えが混じっていた。
 「ノトって、呼ばれていたことがある。たぶん、それでいい。」
 ノトは柔らかく微笑んだ。その笑い方もまた誰かの真似をしているかのようだった。
「ぼくはここで生まれたんだ。誰かの記憶から、形だけが生えてきたみたいに。最初から真似しかできなくて。声も、表情も、動きも。自分のはずの手足ですら、どこか他人のものみたいで、いつもぎこちないんだ。」
 ノトは「模倣律」によって生まれた存在
だった。失われた誰かの記憶や姿、残響をなぞるように形を得ている。彼には過去も未来もなく、ただその時々で見たものを写し取り、真似ることでかろうじて存在を保っていた。
 「ねえ、きみと一緒に行ってもいい?ここにいると、自分が誰なのかわからなくなってしまうんだ。」
 シイは静かに頷いた。
 「・・・いいよ。」
 ノトは明るくよく話し、森の構造にも詳しかった。いくつもの道を教えてくれた。だが日が経つにつれ、ノトの声や仕草が少しずつシイに似ていくのがはっきり分かった。
 「最近、ぼくはきみに似すぎてきたと思わない?」
 「・・うん。」
 「でも、もしかしたらそれは悪くないかもしれない。ぼくはずっと誰にもなれなかっ
た。だけど、誰かになれるなら、それだけで少し救われる気がする。」
 ノトはそう言って笑ったが、その笑顔の奥にはどこか無理しているような影があった。
 「ぼく、名前って持ったことがなかったんだ。だから、ノトって呼ばれたときは、変な感じがした。でもね、きみにそう呼ばれると、少しだけ嬉しかったんだ。」
 シイはその言葉に戸惑い、どう返せばいいのか分からなかった。
 翌朝、ノトの姿はもうどこにもなかった。森の奥深くには、何十人、何百人のノトのような顔が並んでいた。彼らは皆、誰かを模倣して生まれた存在。ノトもその一体としてそこにいた。
 一体の顔が、かすかに口を動かした。
 「模倣律は、形のあるものに名前を許さない。誰かの影をなぞって、生きて、そして消える。それが、ぼくらのつくられた理なんだ。」
 風が木々のあいだを滑り抜け、言葉がかすかに鳴る。
 「でも、きみに名前を呼ばれたとき―― ぼくの輪郭が、ほんの少しだけ違うものになった気がした。」
 その声はかすれていたが、確かに笑っていた。
 ノトの顔が消えた瞬間、ざわりと空気が揺れた。
 模倣たちが一斉に名や形、記憶を求め、シイの名を口々に囁き始める。
 「・・・シイ・・。」「しイ・・・。」
 まるで彼になろうとするように。
 シイは恐怖に背を押され森を駆け、走るその音だけが、森に微かに響いていた。