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声と顔

名古屋市立長良中学校 2年
長谷川千紘
障害を持つ3人が、お互いに補い合っていく姿が、押しつけがましくない友情として描かれていてとても良い作品です。冒頭の四行が読む人をどきっとさせる、あるいは興味を惹く効果を持っているし、しかも、人物の一人、桜の障害の謎は、物語を最後まで引っ張っていて、構成力が見事です。また「柵」と言う言葉に込められた意味が深く、考えさせられました。人物名の霞、吉乃、桜と合わせて、古語の美しさが響く名付けも魅力的です。
(奥山景布子)

 

 電話は声しか聞こえない、写真は顔しか見られない。あなたはそのどちらかだけでも気持ちが伝わるよう過ごしているだろうか。そのどちらも出来なくても伝わるだろうか。
 ここに一つの柵がある。れんが造りで腰より少し上くらいの高さだ。柵の向こうには女の子が三人いて、それぞれの表情で笑っている。声は聞こえないがとても楽しそうだ。
 一人は目を閉じ笑っている。一人は口を閉じて微笑んでいる。一人は椅子にでも座っているのか顔だけ見えた。その顔もやはり笑っていて、何がおかしいのか笑い続けていた。
 しばらく見ていると違和感を感じた。
 目を閉じていた子は、二人の方を見ていないようだ。微笑んでいた子は時々手をひらひらして、右耳にイヤホンをしている。最後の一人は自分だけ椅子に座ったままだ。それでも三人は笑っていて、とても楽しそうなのだ。
 柵の向こうに行けば違和感は解けただろう。
 あなたは柵の向こうへ行けるだろうか。
 三人の名前は、霞、吉乃、桜という、霞は白杖を持ち、吉乃は微かに聞こえる右耳に補聴器をつけ、桜は車椅子に座っていた。
 三人は同じ中学校の特別支援学級の生徒だった。その中学校は人数が少なく特学の一年は三人だけだ。入学当初先生たちは、コミュニケーションが取れないだろうと心配した。
 「ドタッ」入学式の日、教室の前で霞と吉乃がぶつかってしまった。
「すみません、すみません。」
 霞が謝っても吉乃にその声は聞こえない。吉乃が頭を下げても霞にその様子は見えない。
「大丈夫?」
 桜がそう言いながら頭を傾げ、右手の指を左胸から右胸に当てた。「大丈夫」の手話だ。
 慌てて「大丈夫」と霞が返事をし、吉乃は桜が手話をできることに驚きながら頷いた。
 式の後は自己紹介になった。桜が最初だ。
「私の名前は大島桜です。大きな島の桜と書きます。趣味はスポーツです。よろしく!」
 桜は手話をしながら、名前の字に関しても言ったが障害については言わなかった。
「佐倉霞です。目が見えません。曲を聴くこと、歌うことが好きです。よろしく!」
『私の名前は染井吉乃です。私は耳が聞こえません。好きなのは絵を書くことです。よろしくお願いします。』
 桜は霞の自己紹介のときは吉乃に向けて手話を、吉乃の自己紹介はノートに書いたものを見せて行ったので文を声に出して読んだ。
 先生たちはその様子を見て少し安心した。
 霞と吉乃は、桜が机に向かう授業は普通の子と行う方が効率よく進めるのに何故、特学で授業を受けているのか不思議に思っていた。
 三人はすぐに仲良くなって登下校を一緒にするようになった。
「ねぇ、テレビで読唇術についてやってたんだけど、吉乃できる?」
 下校途中で信号待ちをしていたときに桜が言った。もちろん手話をしながら。
 吉乃は親指と人差し指で何かをつまむような仕草をした。
「読唇術って何?」
「簡単に言うと唇を読む術。あ、青になったよ。車もいないよ。」
 桜は指で信号を指し、車椅子を進ませた。
二人も続き、半分渡った…、「ブゥオーン」
 黒い車が暴れ馬のように走って来て、桜は固まってしまった。吉乃が一瞬遅れて気付き、音の正体が分からず困惑していた霞をつき飛ばすと桜の腕を引っ張った。
 「ドーンッ」黒い車は、車椅子と白杖だけを潰して走り続けた。近くに住んでいた人が警察と救急車を呼んでくれて、病院に行
った。
 桜は小六のときまで陸上部に入っていて、試合直前に車にひかれて足を失い、それから、不登校になってしまったこと、それを知られるのが怖かったことを話してくれた。
 霞と吉乃も障害のことや、辛かったことを話した。三人の仲で柵、バリアはもうない。