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あの夏、君は笑顔だった

名古屋市立久方中学校 2年
田中麻琳
登場人物二人の心の変化がとても丁寧に、うまく描かれていると思います。二人が移動していく空間の描き方も巧みで、景色の移り変わりが登場人物の心情の移り変わりと調和している点も印象的でした。タイトルの付け方も内容を予感させて良いと思いました。 
(奥山景布子)
 まだ、空が鮮やかな頃。退屈な日常の中、僕は、空という女の子に出会った。空はいつも笑顔で、僕はその笑顔が好きだった。ずっとこの日々が続くと思っていた。なのに。空と迎えるはずの今年の夏、空は半透明だっ た。
 ポカンとしている僕を見て、「私ね、事故で死んじゃった。」と、空が言った。
「ど、どういうことだよ。……わかった、またいつものドッキリだな?騙されないぞ。」
僕はそう言ったが、空は、何も言わなかっ た。
「……本当に、死んだのか。」
「……もう。そう言ってるでしょ。」
空は笑って言ったが、それは、僕の好きな笑顔ではない。その辛そうな顔を見て、僕は、信じるしかなかった。
「じゃあ、何でまだこの世にいるんだ?」
「……未練があって、成仏できないみたい。」
「何だよ、それ……」
「だからさ。」と空が遮った。
「私の未練、探すの手伝って。」
 僕は、空の未練探しに付き合うことになった。だが、心当たりが全くないらしいので、空にしたいことはあるか考えてもらった。
「……知らない所に行ってみたい。見たことない、キラキラしたものを見てみたい。」
空がそう言ったため、電車やバスを乗り継ぐこと約二時間。僕たちは、自然が青々と茂る場所に来た。周りには、木が生えているばかりで何もない。だが空は、普段都会では見られない木漏れ日に目を輝かせていた。
「凄く綺麗。……空気が美味しいってこういうことかな?あ、川の音!あっちに行こう!」
子供みたいにはしゃぐ空が凄く楽しそうに笑っていたから、つられて僕も笑った。けれど、その時ふと思った。
(未練が見つかったら、空はいなくなる?)
もうこの笑顔を見ることができなくなるのかと、途端にとてつもない淋しさを感じた。
「……どうしたの?」
空が心配そうに聞いてきた。だが、「いや、なんでもない。」と、僕は、とっさに嘘をついた。僕が不安を伝えると、優しい空はきっと未練を見つけても、成仏しないだろう。それは、なんだか良くない気がして。
「それっ!」
「うわ!冷たい!」
空が突然、川の水をかけてきた。
「やったな!おらっ!」
僕も負けじと水をかけ返した。そうして時間が経ち、遊び疲れて座って休んでいた時、空がぽつりと呟いた。
「私がいなくなっても、笑わなきゃだめ。」
まるで独り言のようなその言葉は、僕の心を見透かしたように、静かに空気に溶けた。
「それって、どういう……」
「私、思い出したの。未練。」
また僕の言葉を遮った空は、僕が思ってもみなかったことを口にした。
「これを言葉にしたら、私は消えると思う。でも、私が消えても笑っていてね。」
空は立ち上がり、一つ息を吐いて言葉にした。
「私、夕陽のことが好き。」
時間が止まった気がした。呼吸もできない。僕の目に映った空は、光が分解されていくように少しずつ消える準備を始めていた。でも空は、それに気付いているはずなのに、全く気にせず「本当は生きているうちに伝えたかったんだけどね。」と、淋しそうに続けた。
「待って……待ってよ、空。行かないで。」
焦る気持ちを隠せない。まだ空に……。
「夕陽。夕陽の気持ち、聴きたいな。」
そこで、はっとした。見透かされているのも、これで二回目。僕は、空が心配しなくてもいいように、笑って言った。
「僕も、空のことが好きだ。」
驚いて目を見開いた後、空は笑った。僕の好きな、その笑顔で。
 静かになった後の空気。
 
 空は、夕陽色に染まっていた。