まだ、空が鮮やかな頃。退屈な日常の中、僕は、空という女の子に出会った。空はいつも笑顔で、僕はその笑顔が好きだった。ずっとこの日々が続くと思っていた。なのに。空と迎えるはずの今年の夏、空は半透明だっ た。
ポカンとしている僕を見て、「私ね、事故で死んじゃった。」と、空が言った。
「ど、どういうことだよ。……わかった、またいつものドッキリだな?騙されないぞ。」
僕はそう言ったが、空は、何も言わなかっ た。
「……本当に、死んだのか。」
「……もう。そう言ってるでしょ。」
空は笑って言ったが、それは、僕の好きな笑顔ではない。その辛そうな顔を見て、僕は、信じるしかなかった。
「じゃあ、何でまだこの世にいるんだ?」
「……未練があって、成仏できないみたい。」
「何だよ、それ……」
「だからさ。」と空が遮った。
「私の未練、探すの手伝って。」
僕は、空の未練探しに付き合うことになった。だが、心当たりが全くないらしいので、空にしたいことはあるか考えてもらった。
「……知らない所に行ってみたい。見たことない、キラキラしたものを見てみたい。」
空がそう言ったため、電車やバスを乗り継ぐこと約二時間。僕たちは、自然が青々と茂る場所に来た。周りには、木が生えているばかりで何もない。だが空は、普段都会では見られない木漏れ日に目を輝かせていた。
「凄く綺麗。……空気が美味しいってこういうことかな?あ、川の音!あっちに行こう!」
子供みたいにはしゃぐ空が凄く楽しそうに笑っていたから、つられて僕も笑った。けれど、その時ふと思った。
(未練が見つかったら、空はいなくなる?)
もうこの笑顔を見ることができなくなるのかと、途端にとてつもない淋しさを感じた。
「……どうしたの?」
空が心配そうに聞いてきた。だが、「いや、なんでもない。」と、僕は、とっさに嘘をついた。僕が不安を伝えると、優しい空はきっと未練を見つけても、成仏しないだろう。それは、なんだか良くない気がして。
「それっ!」
「うわ!冷たい!」
空が突然、川の水をかけてきた。
「やったな!おらっ!」
僕も負けじと水をかけ返した。そうして時間が経ち、遊び疲れて座って休んでいた時、空がぽつりと呟いた。
「私がいなくなっても、笑わなきゃだめ。」
まるで独り言のようなその言葉は、僕の心を見透かしたように、静かに空気に溶けた。
「それって、どういう……」
「私、思い出したの。未練。」
また僕の言葉を遮った空は、僕が思ってもみなかったことを口にした。
「これを言葉にしたら、私は消えると思う。でも、私が消えても笑っていてね。」
空は立ち上がり、一つ息を吐いて言葉にした。
「私、夕陽のことが好き。」
時間が止まった気がした。呼吸もできない。僕の目に映った空は、光が分解されていくように少しずつ消える準備を始めていた。でも空は、それに気付いているはずなのに、全く気にせず「本当は生きているうちに伝えたかったんだけどね。」と、淋しそうに続けた。
「待って……待ってよ、空。行かないで。」
焦る気持ちを隠せない。まだ空に……。
「夕陽。夕陽の気持ち、聴きたいな。」
そこで、はっとした。見透かされているのも、これで二回目。僕は、空が心配しなくてもいいように、笑って言った。
「僕も、空のことが好きだ。」
驚いて目を見開いた後、空は笑った。僕の好きな、その笑顔で。
静かになった後の空気。
空は、夕陽色に染まっていた。