まだ少し冷たい春風を感じながら、原っぱの真ん中で寝そべった小春は、柔らかいシロツメクサを撫でるように触る。ここは小春の小さな秘密の原っぱ。引っ越したばかりの小春は少し前に見つけた原っぱで草笛を吹いたり、シロツメクサの花で王冠を作ったり、家から折り紙を持ってきてピックニックシートを広げたりして遊んだ。
「私の名前は川崎小春です。ぴかぴかのランドセルが似合うお姉さんになりたいです。」
小学校の最初の自己紹介を練習する小春を応援するかのように桜の蕾は少しずつ花を咲かせていった。
「友達とお花見したいなぁ。」
家に帰る前にぽつりとこぼれ落ちたそのつぶやきを桜の木は聞き逃さなかった。次の日、桜の花はついに満開になった。二人分のお弁当を持ってきた小春はずっと友達がくるのを待っていた。その時、背の高い女の子が桜の木の向こう側からやってきた。小春の桜色のランドセルが似合いそうな女の子。小春によく似たその子は小春を見つけると笑顔を浮かべて走ってきた。
「よかった、間に合って。『一年生』の小春ちゃんだよね?」
「そうだよ!わたしとお弁当を食べない?」
一緒にお弁当を食べたり、折り紙を見せあったりして笑い疲れるまでおしゃべりした。引っ越してきてから初めてできた友達との時間は楽しくてたまらなくて、流れるようにして過ぎていく。夕方になると、また会おうね!といって、お姉さんは桜の木の向こう側に行った。次の日も、その次の日も小春はお姉さんが桜の木の向こう側からやってくるのを待った。お弁当を用意して、あの日にお姉さんのくれた桜の折り紙を持ってずっと待っていた。けれど、もうお姉さんが一緒に遊びに出てくることはなかった。
月日が流れて、小春は学校で友達と毎日のように遊んでいた。しだいに原っぱのことは忘れていってしまった。でも、桜があちこちで満開になったある日、鏡を見てハッと小春は気づいた。小春はいつのまにかあのお姉さんとそっくりな顔をしていたのだ。部屋の引き出しから大事にしまっておいてあった桜の折り紙をそっと取り出した。今、小春は六年生になった。桜色のランドセルがよく似合うお姉さんになった。そして、大きな桜の木を見つけたのだ。その向こう側へと、折り紙を持って歩いて行こうとしている。
「行こう、昔の私の世界へ。あのお姉さんへの恩返しをしに。あの時のひとりぼっちだった私に友達の光を見せてくれたあの人へのありがとうを。一度しか会えないけれど、あの子の心を照らしたいな。」
深呼吸をして、小春は足を動かした。
「よかった、間に合って。『一年生の小春 ちゃん』だよね?」