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ベリーの森

名古屋市立日比津中学校 2年
黒川 琴子
今の時代にぴったりのすばらしい作品。動物を守るべきか、人間が安全にくらすためには動物を傷つけてもしかたないといえるのか、正義とはなにか?という重いテーマでありながら、森の自然描写も美しく、さわやかな風がふいてくるような作品になっています。その上、母と娘の関係の描写もうまいし、ネットでの匿名の非難の問題も絡めて、現代のいろいろな問題点を浮き彫りにした意欲的な時代性のある作品です。
(藤 真知子)
 事の始まりは、母の一言だった。
「埒が明かないわ、付いてきなさい。」
動物愛護団体に所属している母は、動物の殺傷をとことん嫌っていた。たとえそれが、里山に暮らす人々を守るためだとしても。団体活動自体はいいのに、母の考えが偏りすぎているのだ。さらに厄介なのは、自分が正しいと思っていること。今日だって、一人で行くのが心細いだけだろう。付いて行ってもどうせ、隅で眺めながら『親ガチャ失敗とはこのことか。』なんて考えるだけ。だけど、シングルマザーとして頑張っている母に、私は何も言えなかった。いい経験になるからと、車で一時間と少し。連れてこられたのは、昔話に出てくるような田舎。車を山の麓に停め、上へ上へと登っていく。こんな山奥なのだから、今回話しに行くのは猟師さんかな。
 歩いていると、どこからかヒグラシの鳴き声が聞こえて、山道から森に目をやると、枝に小鳥たちが見えた。この生態系を守るのも、猟師さんの役目なのだろう。熊が出てくるのではないかとおびえながらも数十分、木でつくられた大きめのコテージと小屋が見えた。少し歩調を早めた母は、玄関先まで来ると間髪入れずにドアベルを鳴らした。「はーい。」と奥から小さく声が聞こえ、少ししてドアが開いた。ひょろっとした男性で、奥には背の高い女の子がいた。
「先週電話した松村ですが。」
と母が言うと、居間のほうへと案内された。壁には、ここの体験教室のチラシや鹿の角などが飾ってあった。母は椅子に腰かけると、出されたお茶には見向きもせず話を切り出した。『結局私は何のために来たのだろう。』山まで来てスマホを触るのも何かもったいない、かと言ってすることもない。頬杖をついて窓から外を見ていると、さっきまで奥にいた女の子に声をかけられた。
「森の散歩でもする?風が気持ちいいよ。」
私は手招きする女の子を見つめた。自分を気にかけてくれたことが嬉しくて、胸がいっぱいになった。女の子について裏口から森に出ると、ひゅうと耳をかすめた風に木々がさわさわと音をたてた。
「私の名前は風香、呼び捨てでいいよ。」
「私は真衣、よろしくね風香。」
風香はぐんと伸びをしながら、気の毒そうに私を見た。
「しっかし真衣も大変だね~。」
「まあ慣れてるし、迷惑かけてごめんね。」
「よくあることだよ。」
風香は少ししゃがんで「これ美味しいよ。」と、赤い実を私に差し出した。森でよく採れる木苺で、ちょうど今が食べごろらしい。風香は木苺を手に持っていたかごに入れていく。
「やっぱ世の中いろんな意見があるし、自分たちが正しいとも言い切れないんだよね。」
木苺を摘む手を止めずに言う風香の顔は、少し曇っていた。
「逆に今日みたいなのは、まだいいほうかな。なんか今こんな時代だし、匿名のⅮⅯとかで好き勝手言ってくるのが一番悪質。」
スマホ一つで簡単に人を傷つけることができる今、わざわざ面と向かって話をしに来る人はまだいいらしい。
「そうなんだ。山奥だし、ネットとの繋がりってないと思ってた。」
と言うと、風香はくすりと笑った。
「おかげでメンタル鍛えられたよ~。」
対面で話をしに来ているにせよ、母が迷惑をかけているのは変わらない。一方的に他人を悪者扱いして、傷つけないでほしいと何度思ったか。でも、今でもなお意見を変えない母を見ていると、自分が何を言っても無駄なのかなと思ってしまう。
「なんか、【正しい】って何なんだろう。大人になったらわかるのかな。」
「大人になっても分かんないのかもね。」
風香と私は、空を見上げながら木苺を頬張った。