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カメラを抱えた

岡崎市立福岡中学校 3年
仲 陽菜子
写真に夢中になる気持ちが生き生きと描かれていて、すばらしい青春ドラマとなっています。ダンスの練習に夢中になるみんなを白けて見ていた主人公が、その写真をとるうちに、よりよいものをとりたいと夢中になっていくのですが、読者まで夢中になる楽しさを満喫できる作品です。構成も主人公の心理描写も巧みで、心の成長もよく伝わってきます。
(藤 真知子)
 なんで、皆と同じことができないんだろうか。
 昼下がりの体育館。昨日まで大雨が降っていたのに体育館は酷く蒸し暑く、ピアノのそばで座っているだけなのに体からどんどん汗が流れていく。見学だけでもこの状態なので踊っているクラスメイトはきっとたまらないのだろうな、と他人事のように思う。鳴呼、水筒持ってこればよかった。
 入口付辺にいるからか、上手く聞き取れない音源。一カ月を切った体育祭に向けて、生徒が真剣に練習をしている。きっと、体育祭なんてどうでもいいと考えてしまうのは俺だけだ。
 ぼうっと狂ったように踊り続ける生徒を見ていたら、自分のクラスの担任がこちらに近づいてきていた。
 「ねぇねぇ直ちゃん、よかったらこれで写真撮らない?」
 そんなことを急に言われ、心の中では?と思ってしまう。直井、という名字から愛称として「直ちゃん」と呼んでくれる担任のリサ先生。この先生は時々ぶっとんだアイデアを持ってくる、不思議な人だ。
 「直ちゃん、写真撮るのとか好きじゃなかな?」
 少し考え事をしていたら先生にそう言われてしまい、慌てて否定する。
 「じゃあ、お願いしてもいい?」
うん、とうなずくと先生は自分のカメラを俺に渡してくれた。
 「それ、九万円するから一応首から下げておいてね」
 ひえっ、九万円。自分の手の中にあるそれが急に重みを増したような気がして、首から下げつつ両手で抱えるように持つ。
 先生が行ってしまったので、とりあえず一番近くにいるクラスメイトを撮ってみることにした。クラスメイトにレンズを向け、近くにある部品をいじり、被写体との距離を調節する。バレたらどうしようか、と不安になりながらシャッターを押してみる。ボヤけてはないのだが、踊りがとても激しく腕などがブレてしまい、とてもきれいとは言えない。続けて何枚が撮ってみるが、どれもブレていたりよく分からないシーンばかりでしっくりくるものがない。練習の邪魔にならないように小走りで移動し、別のアングルから撮ろうとすると逆光になってしまい、どうしたら上手く撮れるのだろう、と頭を抱えてしまう。
 それを見かねてか、リサ先生が俺の元へ再び来てくれた。今までに撮った写真を見せると、今度は特定の生徒をアップにして撮ってみたらどう、とアドバイスをもらった。大して話したこともないのに写真を撮ったらその生徒にボコボコにされてしまわないかと思うが、意を決して近くにいた生徒にスポットをあて、シャッターを切る。やはり体がブレ、頭などが見切れてしまうが先ほどよりか幾分ましな写真が撮れた。その後もバシャバシャと、何枚撮ったか分からなくなるぐらいにひたすらシャッターを切っていった。ブレがない、なおかつかっこいいシーンの写真があるのを確認すると、自然と頬が緩み、口角が上に持ち上がった。
 時間を忘れて夢中になっていたが、体育教師の声で現実に戻る。リサ先生にお礼を言い、下げていたカメラを先生に返す。先生は俺が撮った写真を一通り確認すると、
 「いい経験になったでしょ?」
と俺に言って笑った。
 そこで、気付いたのだ。確かに今の五十分間俺は皆とは違うことをしていた。しかし、今の時間で皆と同じことをしていたら、写真を撮ることの難しさや、上手く撮れた時の楽しさを知ることはできなかった。だから、同じことができなくても、違う視点から同じ物事を見て、新しい発見や経験はできるのだ。
 「すごく、いい経験になりました。」
今日、学校に来れてよかったと思った。