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私の弟

名古屋市立若水中学校 3年
安田瑛理
差別のテーマをリアリズムでなく、弟が猿になるというファンタジーの形で書くというアイディアが新鮮で斬新でした。重いテーマをさわやかに、かつ共感を持つことができる内容に仕上げています。姉弟愛の描き方も押しつけがましさがなく、読む人の共感を得られやすい作品だと思います。
(奥山景布子)
 「ピリリ。ピリリ。」
いつもの朝を迎え、二段ベッドを降りる。私は、毎日弟の良太と同じ部屋で寝ているのだ。他の姉弟よりも、仲が良いと思っている。
「おはよー。」
寝ている良太にそう言うと、突然
「ウギィーーー。」
と良太が叫んだ。相変わらず、変わった伸びをしているなぁ。そう思いながら、私はのんびりと顔を洗いに行く。やっと目が覚めたところで、椅子に座って朝食を食べ始める。今日の朝ごはんはパン。ではなく……バナナ。以上。え?そこで、私はハッとした。なぜ今まで気づかなかったのだろう。良太の茶色い毛に覆われた身体。少し赤みがかった顔。どう見ても猿だ。昨日までは人間だったのに。お母さんは今の状況に気づいているのか?でも、朝食がバナナだけってことは……。まだ状況を理解できず困惑していたが、とりあえずバナナを口に入れ、ランドセルを持って家を出た。もしかして、あれは幻覚だったりして。私、ついに見えちゃった……⁉︎
 一人で考えながらいつもの道を歩いていると、何だか誰かに尾行されている気がした。え、不審者?こわい。逃げないと!私は我武者羅になって逃げる。だが、気配はむしろ近づいてくるばかりだ。もう終わりだと悟った瞬間、後ろからポンと背中を叩かれた。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、猿。いや、良太であろう姿だった。ずっとついてきていたんだ……。少しホッとしたが、安心している場合ではない。なぜなら、弟が猿になってしまったのだから。気がつくと、目に涙がうかんでいた。これから私はどうしたらいいの……?良太は何も悪いことなんてしていないのに、どうして良太だけこうならなきゃいけないの?ふと下を見ると、そこにはどこか寂しげな表情で私を見つめる良太の姿があった。私が泣いちゃだめだ。見た目は違っても、中身は何も変わらないいつもの良太。普段通り過ごしていれば、きっといつか元通りになるはず。私はこのとき、良太がどんな姿になろうとも、私はずっとそばにいる。そう心に誓った。
 学校に着くと、良太は沢山の生徒から視線を向けられた。と同時に、一部の生徒からは避けられているようにも感じた。私はその場に耐え切れなくなり、良太の手を握ってその場を去った。
「どうして良太が周りから避けられなきゃいけないの?見た目以外は私たちと一緒でしょ?」
生徒の態度に納得がいかず、ぼそぼそとつぶやいていると、体育館で先生たちがせっせと卒業式の準備をしているところが見えた。
「あぁ、もうすぐ私は卒業か。早いな…。」
しみじみとしていると、私はある重大なことに気づいた。それは、今のままだと私が卒業したら良太が独りぼっちになってしまうということだ。どうしよう。私が卒業するまでになんとかしないと……。すると、私が深刻な顔をしていたからか、良太はバナナを割って半分を私にくれた。そんな気遣いができる猿の姿を見て、良太だなと改めて思う。そんな良太に、楽しい学校生活を送ってもらうために。私はもう一度あの場所へ足を運ぶ。そして良太は再び注目される。そこで私は叫んだ。
「良太が猿?だから何だって言いたいの⁉︎太はなりたくてなった訳じゃない!この世の中に、自分が普通じゃないっていうだけの理由で周りから変に注目されて、苦しんでいる人がどれだけいると思っているの⁉︎一度考えてみてよ‼︎」
こんなに大きな声を、生まれて初めて出した。生徒は驚いているからか、沈黙が続いている。少しすると、周りから拍手が沸き起こった。私は良太と顔を見合わせる。すると、人間に戻った良太がニコリと笑った――ような気がした。